大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 昭和39年(行ウ)10号 判決 1965年11月12日

原告 岡本由雄 外五〇名

被告 石川県知事

訴訟代理人 水野裕一 外三名

主文

原告らの訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告ら

被告が原告らに対して石川県住宅管理条例第二三条第一項にもとずいてなした別紙目録記載の収入決定にともなう割増賃料徴収処分はいずれもこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

(一)  本案前の申立

主文同旨

(二)  本案に対する申立

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、原告らの主張

一、原告らはいずれも肩書地所在の石川県公営住宅に賃借居住中の者であるところ、被告は原告らに対し別紙目録記載のとおり、石川県住宅管理条例(以下単に県条例という)第二三条第一項にもとずいて収入額を決定し、昭和三九年七月分から割増賃料を徴収する旨の処分(以下本件処分という)をした。

二、しかしながら本件処分は以下の理由により違法である。

(一)  民法ないし借家法違反。

(1) 居住権の侵害剥奪

原告らの居住する県営住宅の使用関係は私法上の賃貸借関係であつて、基本的には民法借家法が適用され、公営住宅法(以下単に法という)は民住者を社会的に保護するという点で借家法の特別法として適用されるにすぎない。従つて、賃料増額は借家法にもとずいて為さるべきで、本件処分のごとく法ないし県条例にもとずいて為されるべきではない。しかも、法第二一条の二並に県条例第二二条、第二三条に徴すると、割増賃料の徴収決定を受けた者は同時に当該県営住宅の明渡努力義務を負うものと定め、その割増賃料は居住者に対し住宅の明渡を強制するための経済的、心理的制裁に外ならないと解されるから、窮局において本件処分は民法又は借家法に拠らずして原告等の居住権を侵害剥奪するの違法がある。

(2) 家賃体系の蹂躙

わが国における家賃体系は等価交換を基礎とする経済家賃の上に立つものであるが、本件処分の割増賃料は同一構造の住宅につき家賃の格差を生ぜしめ、しかも収入の増加を理由に賃料の増額を許容することとなり、それは民法借家法上の経情家賃の原則を踏みにじるものである。

(二)  法第一条違反。

法第一条は、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を建設し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することを規定している。しかるに、法施行令及び前記条例は、割増賃料の徴収又は明渡努力義務を負担すべき収入基準を暫定的ではあるが、第一種住宅は金四五、〇〇〇円以上、第二種住宅は金二五、〇〇〇円以上と定めている。けれども諸物価の急騰する今日右の収入基準は全く合理的根拠がないのであるから、その収入基準に準拠して為された本件処分は法第一条にいう「低額所得者」の概念を著しく逸脱した違法がある。

(三)  決定手続における重大な瑕疵。

(1) 課税台帳閲覧の違法

被告は本件処分をなすに当り、金沢市徴税課備置の課税台帳を閲覧した。しかし課税台帳は窃用が禁止され(地方税法第二二条)、住民の納税義務に関する限度においてのみ、その利用が許され、それ以外の目的に利用されることは許されていない。従つて、被告の右所為が違法であること明らかであるから、これに基く収入決定も違法たるを免れない。

(2) 県条例第二五条違反

右条例は、毎年一月一日における収入額を三月末までに決定し、入居者に通知することと定め、そして、課税台帳閲覧による収入調査は前々年度の収入についてなされることになつているのに、被告は同条を無視して前年度の収入について調査したうえ、収入決定した違法がある。その結果、入居者は著しい不利益を受けることとなつた。

(四)  憲法第二五条、第一四条違反。

(1) 憲法第二五条違反

公営住宅は、住宅部面において、国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利の具体化として建設されるものである。国は憲法上住宅部面における社会福祉、社会保障等の向上増加に努める義務を負う(第二五条第二項)のであるから、低家賃の住宅を大量に建設する政策をとらねばならない。にもかかわらずこれを怠り、公営住宅居住者に割増賃料を課し、引いては明渡を強要することは憲法に違反する。

(2) 憲法第一四条違反

公営住宅入居者は同一年度に建築された同種類の住宅については平等の取扱いを受けるべきである。しかるに収入の多寡により割増賃料を徴することは、それによつて入居者たる国民に差別を設けるものであり、これは全く合理性を欠く差別的取扱いである。

三、右のように被告のなした本件処分は違法であるから、原告らは昭和三九年七月二四日被告に対して異議の申立をしたが、被告は同年一〇月二二日これを棄却した。

よつて被告のなした本件処分の取消を求めるため本訴に及ぶ。

第三、被告の主張

(本案前の主張)

一、本件処分の性格は、その法令の呼称よりすれば一見あたかも公権力の行使のように考えられやすいが、これは地方公共団体が社会立法たる公営住宅法及びその他の関係法令に準拠して賃料の決定権を行使したにすぎず、単なる家賃の請求ないし割増賃料の通知と請求の意味しかないものと解され、したがつて、本件は行政不服審査法や行政事件訴訟法によつて処理されるべき訟争ではなく、民事訴訟事項として取扱うも相当と解する。即ち、公営住宅関係は、一般的基礎的側面において私法的色彩帯び、部分的特殊的側面において公法的色彩を帯びているものと考えられるから、住宅の使用関係という一般的基礎的側面については私法秩序の一環として考え、これを民事訟争として処理するを妥当と考える。

二、本件における割増賃料は私経済的な公の施設を特定人が利用することにもとずく反対給付であつて、その性質は通常の私人間に行われる借家契約に関するそれと何ら性質を異にするものではない。

三、以上の次第であるから、本件は行政事件訴訟法に定める抗告訴訟ではなく、従つて、本件処分の取消を求める本訴請求は、その本案について審理するまでもなく不適法として却下を免れない。

(本案の主張)

第一項は認める。

第二項、

(一)のうち、県営住宅の使用関係が基本的には私法上の賃貸借関係であつて民法借家法の適用を受けるものであると共に、一面公営住宅法の適用を受ける旨の主張及び割増賃料の徴収決定を受けた者が、公営住宅の明渡努力義務を負う旨の主張は争わないが、その余は争う。

(二)のうち、収入基準金額は争わないが、その余は争う。

(三)は争う。

被告は公営住宅法第二三条の二の規定にもとずいて課税台帳を閲覧したものであつて違法ではない。収入額の決定は昭和三八年一月一日以降、同年一二月三一日までの収入額につき同三九年六月三〇日になしたものである。

(四)は争う。

第三項中、原告らがその主張の日時に被告に対し異議の申立をなし、被告においてこれを棄却したことは認める。

理由

本訴の適否について考えてみる。

一、公営住宅の使用関係

公営住宅は地方自治法第二条第三項第六号の規定により、地方公共団体が設置し管理し又は使用する権利を規制するものと定められている公の施設(同法第二四四条)である。そしてこれを受けて公営住宅法(以下単に法という)が制定され、法第一条は地方公共団体が国の協力を得て一般に住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として公営住宅を建設するものと定め、更に法第二五条第一項は、公営住宅の管理に関する事項について法律で定めるものの外は、条例で定める旨を規定している。

右のような法律の規定から考えると、公営住宅に関する法律関係は公共の福祉の実現という行政目的に第一義的意義を認め、これに特殊の法的取扱を認めている関係といい得る。これを実定法的にみると、家賃の決定、敷金、家賃等の徴収猶予、修繕義務、入居者の募集方法、資格選考、保管義務、収入超過者に対する措置、明渡、条例への委任等について詳細な規定を設けている。

したがつて公法関係的色彩が濃厚であるといい得るが、これを公法関係といつても公権力の行使を本質としないいわゆる管理関係であるということができよう。

次に、このような管理関係について適用すべき法規について考える。公営住宅は前述のように公の施設であるから、これを特定の私人に使用させるについて、管理上一定の手続が必要である。そしてこれが法第一八条に定める入居者の決定(使用許可)であり、右は地方公共団体が法令(条例を含む以下同じ)の規定に従つてする行政処分に外ならない。

しかし、右の使用許可によつて地方公共団体と使用者の間に設定される使用関係は、その本質において借家法民法が適用される賃貸借契約である。公営住宅法の規定をみても、賃貸(第一条)家賃(同条、第一二条)敷金(第一三条)という私法上の賃貸借契約に使用される法律用語が用いられ、更に公営住宅の入居者は他人所有の家屋に居住してその対価として利用料を支払つているのである。このような関係は、私人が他の私人の家屋を賃借して賃料を支払つている関係と全く同様であるから、家屋の所有者が地方公共団体であるという理由だけで、私人間の賃貸借関係と特に区別して取扱うだけの理由もない。

したがつて、公営住宅法は、公営住宅の使用関係について民法、借家法の適用を排除しようとしているのではなく、むしろ、公営住宅の使用関係が、本質的には私人間の賃貸借契約と異るものではないことを承諾したうえで、前記公営住宅建設の目的にかんがみ、その管理運営上必要とする特別な規定を設け、あるいはこれを条例に委任しているとみることができる。そして入居者は右の法令に定められた条件を承知のうえで、一種の附合契約を締結するのである。

右のように公営住宅の使用関係は私法上の賃貸借契約であるから、これにもとずく紛争は民事訴訟事項であるといわなければならない。

二、割増し賃料の性格

公営住宅は前記のように住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で住宅を供給し、もつて公共の福祉の増進に寄与することを目的として建設されるものである。したがつて、右の目的からして公営住宅の入居者は低額所得者でなければならないし、またその家賃は低廉なものでなければならないわけである。そして家賃に関する事項は、公営住宅建設の目的のために最も管理的色彩が顕著な部分であり、法が右の目的のために特別な取扱をしているところである。公営住宅の家賃について法第一二条、法施行令第四条で詳細に規定している。そして右によれば、公営住宅の家賃を低廉にする方法として次のように定められている。すなわち、法第六条によれば公営住宅の建設費のうち、第一種住宅については二分の一、第二種住宅については三分の二を国庫が負担すると定め、法第一二条は家賃算出の基礎から右の国庫負担部分を控除して家賃を定めると規定している。したがつてこのようにして公営住宅の家賃は一般の私人間における借家契約における家賃よりも低廉なものとなるのであるが、それが低廉であるからといつて私法上の借家契約における家賃と性格を異にするものでないことは前述のとおりである。

次に、低額所得者について考える。法は低額所得者の限界について規定することを避け、政令によつて定めることとし(法第二条第五号、第一七条第二号)、物価の変動収入の増加等の社会情勢に応じた弾力的な運用ができるようにしている。

まず、収入について法施行令第一条第三号が規定し、そして、同令第五条は右の基準によつて算出した一カ月の収入が入居の申込をした日において第一種住宅にあつては金二五、〇〇〇円以上金三六、〇〇〇円以下であること、第二種住宅にあつては金二〇、〇〇〇円以下であることを規定している。したがつて入居の申込をした日に右の範囲を超える収入を得ている者は、公営住宅に入居する資格がないわけである。しかし、今日の社会情勢のもとでは物価が毎年上昇していくにつれて収入も毎年上昇していくことは必至であるうえ、昇給等によつて、右の基準をうわまわる収入にすぐに達してしもうことも明らかである。

右のような法及び政令が低額所有者でないとした者は、本来公営住宅に居住する資格がないはずである。しかし、居住中に低額所得者でなくなつた者は、直ちに公営住宅を明渡さなければならないとするならば、今日の住宅事情よりすれば、入居者の住居の安定生活の本拠は根底からくつがえらざるを得ない。そこで右のような場合に対処するため昭和三四年に法が改正され第二一条の二が追加されたのである。右の規定は公営住宅に引き続き三年以上入居している場合に政令で定める基準を超える収入があるときは、当該入居者はその公営住宅の明渡努力義務を負うと共に、猶ほ引き続き入居しているときは政令の定める額を限度として条例の定めるところにより割増賃料を徴収し得るものと定めたのである。そして、施行令第六条の二、附則第五項において、当分の間法第二一条の二の措置をとり得る収入基準を、第一種住宅は金四五、〇〇〇円以上、第二種住宅は金二五、〇〇〇円以上と定めている。

法令が右のように定めた趣旨は、収入超過者(法令が低額所得者でないとした者)は、もはや建設費から国庫補助部分を控除して算出した低廉な家賃で公営住宅に居住しているということは公平の理念に照して望ましいものではないという考え方にもとずいているということができよう。

右のように割増し賃料について考えてくると、これも地方公共団体が設置し管理している施設である公営住宅の利用の対価であるといわざるを得ない。割増し賃料だけが法第一二条によつて定められた本来の家賃と性格を異にするものであるということはできない。たゞ割増し賃料という表現を変えた理由は、本来公営住宅に入居すべき階層を目的とした低廉な家賃を法第一二条で家賃と表現したゝめに、収入超過者が本来の家賃に付加して支払うべき家賃を割増し賃料と表現したにすぎないのであつて、法第二一条の二は借家法第七条の特則としての意義があるわけである。

してみれば本件処分は一見恰も公権力の行使のように見えるけれども、その実は、地方公共団体が法令の規定にもとずいて家賃の増額決定権を行使したにとどまり、入居者に対する関係では私法上の家賃増額の意思表示と何ら異るところのない私法行為であるといわなければならない。

三、結論

したがつて本件処分は行政処分ではないから、抗告訴訟の対象とはならないものであり、本件処分を行政処分であることを前提とする本件訴は、その余の点を判断するまでもなく不適法たるを免れない。

よつて本件訴を不適法として却下することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野進 木村幸男 高橋爽一郎)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例